【日本語要約】
22日のトルコ総選挙は、トルコ自身にとってだけではなく、イスラム世界全体にとっての大きな原動力となる。
この選挙は、公正発展党(AKP)のリーダーであるエルドアン首相により実施されるものだ。外務相のアブドゥラ・グル氏を大統領に引き上げることに失敗したからである。
グル氏が大統領になることに対しては、政教分離主義者や軍から強い反対を受けていた。
なぜか。
彼の妻はスカーフを身につけているのが一因である。
トルコではイスラム教徒であっても[国民のほぼ全員がイスラム教徒だが]スカーフを公的な場で身につけるのは禁止されているのに、である。
グル氏に反対する人たちは、「この選挙は政教分離と政治的イスラム教の戦いである」と繰り返し強調してきた。
実際には、この選挙はトルコの民主主義の試金石として見るべきである。
この選挙、エルドアンが勝つ公算が大きい。
2002年に勝利したAKPが率いる政府は成功裏に終わっている。
従来の政府は手に負えないほど腐敗していた上、クーデターが頻繁に起こった。
経済も不安定で、2001年には国家破綻の危機にまで陥った。
しかしそれとは対照的に、エルドアン政権は政治的に安定しており、かつ腐敗度も低かった。
インフレも抑え、毎年7%もの経済成長を実現させた。
海外直接投資の誘致にも成功した
また、エルドアン政権は憲法の現代化にも成功した。
裁判制度や刑法を改正し、また軍を文民統制させることに初めて成功した。
1400万人いるクルド人を含めた少数民族との和解も進めた。
(ただし、クルド人ゲリラであるPKKとの対立は深まった)
また、キプロス問題でも道義上優位な立場に立った。
2004年、嫌がるトルコ領キプロス市民を、国連による統合計画に合意させたのだ。
この計画にはギリシャ領キプロスが反対したため、国際的にはトルコが優位となった。
これらの成功に加えて、特筆すべきは2005年のEU加盟交渉の開始であろう。
40年間も追い続け、失敗し続け、やっとここまでこぎつけたのである。
ご存知のように、この交渉は難航している。
今や、トルコ加盟に反対のサルコジがフランス大統領なので、交渉は一層難しくなった。
しかし少なくとも、交渉自体は続けられている。
しかしこれらの成功の事実では、野党の不安を拭い去ることはできない。
原理主義のことになると、彼らが見るものは少し違ってくる。
エルドアンは、公共の場でイスラム教の詩を読み上げたことで1998年に逮捕されている。
エルドアンの姿勢はAKPを地すべり的に崩壊させると見る者もいる。
しかしこの議論は、エルドアンに対する警鐘にはなっても、政府として失格とみなすほどのものではあるまい。
AKPの党員は今やキリスト教的な民主主義に移行している。
彼らは政教分離に対する脅威とはならない。
むしろ野党の、「政教分離なしでは民主主義が機能しない」というスローガン自体が、軍介入の大義名分となってしまうリスクの方が高い。
このような状況では、エルドアンが再度勝利し、グルしが大統領になるほうが望ましい。
しかし一国の頂点に立つ者として、与党だけでなく、野党や群にも受け入れられるよう、もう少し中立的になる努力は必要だろう。
トルコの今後の課題は2つある。
一つは北イラクにはびこるPKKゲリラである。
現在、トルコはこの地域に軍を持つが、大規模な軍事介入は悲惨な事態を招きかねない。
イラク北部だけでなくトルコ南東まで不安定となってしまう。
エルドアンが取れる最善の策は、アメリカとイラク部族長に働きかけて、PKKが武装解除するよう圧力をかけてもらうことであろう。
二つ目は、いかにしてEUへの扉を閉ざさないか、である。
キプロス政府を認めることも一つの方法であろう。
しかし最善の策は、「耐える」ことである。
トルコは静かに、加盟のための条件を満たせるよう、改善を続けるべきだ。
そしてEUは、いかに長く困難な道であっても、2005年の約束を破ってはならない。
最終的にはトルコは加盟しないかもしれない。
しかしその決断は、EUではなく、トルコ側から行われるべきなのである。
扉のノブは、トルコが持っていなければならない。
(以上)
【解説】
内容は概してトルコに対し理解のあるものですが、やはり最後の「EU加盟」に関してはトルコの人々は納得しないのではないでしょうか。
「条件を満たすことが必要だ」とは言え、その条件自体が既にトルコに対してのみ極めて厳しいものとなっており、「扉は開けているけれども敷居が高いよ」という状況であることは否めません。
以前The Economistは、「このままトルコ加盟が頓挫したら、キリスト教世界とイスラム世界の断絶を証明してしまう」との懸念を表明したこともありました。
このスタンスに大きな違いはないと考えられますが、もっと「EUももっとトルコ加盟に積極的になれ」という論調があってもよいと考えます。
記事をお読みいただければわかるように、トルコは政教分離を極端と言えるほどまで推し進めています。
イスラム教徒が99%を占める国で、イスラム教の経典を公共の場で読むと逮捕されるなど、他のどこの国が考えましょうか。
同じく政教分離を謳いながらも、大統領の就任式には聖書が使われるアメリカとは大違いです。
記事の中で、「軍の介入を許してしまう危険性」とあります。
これは今年4月に、国軍がホームページ上で、クーデターも辞さないと解釈できる声明を出したことを背景にしています。
「トルコ軍は世俗主義を絶対的に防衛し、必要なときには行動を明白にする」
としていました。
また、テロ活動をしているクルド人過激派についても、アメリカはフセイン派打倒のためにクルド人を支援しているため、トルコと一緒に叩くことができません。
最悪の場合、同じNATO軍である米軍とトルコ軍がイラク北部で衝突するという事態も考えられるのです。
イラクを巡ってトルコとアメリカが抱える問題については、7月号の
『選択』の冒頭に4ページに渡って詳述されており、大変参考になります。
【英語表現】
・harp on
「くどくどと繰り返す」
・lurch
「よろめく」
・boom and bust
好景気と不景気のこと。
・gain moral high ground
「倫理上、優位な立場に立つ」
辞書に載っていない場合もありますが、The Economistも含めて、政治的な議論で頻出する表現です。
・reach out to〜
〜に接触する。〜に働きかける。
・keep a door ajar
半ドアにしておく
・dabble:手を出す。かじる。
本文では「手を出す」の意。
「経済学をかじったことがある」という場合にも
dabble in economics
という表現が使えます。