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今週のThe Economistより  ]

2007.06.16 RNAは人類に革命をもたらすか

2007.06.16 RNAは人類に革命をもたらすか

今週は、なんとRNAの研究が表紙を飾っています。
RNAとは、DNAからコピーされる物質。
過去50年間全く注目を浴びていなかった分子でしたが、
近年になって急速にその重要性が認識されるようになってきました。
2006年のノーベル賞もRNAに関するものです。

確かに生物学界では重要な話題とはいえ、それがビジネス誌の表紙を飾るとは、なんとも素晴らしいことです。

以下、Leadersおよび Briefing を要約します。

【日本語要約】
自然は驚きで満ちている。
原子の存在が初めて証明されたとき(たった100年前のことである)、原子は陽子と電子のみで構成されていると考えられていた。
しかし、一部の実験結果と整合性がつかなかったのである。

1932年に中性子が発見されて、その謎は一気に解決された。
原爆の開発からわずか13年前のことであった。

生物学は、まさにその「中性子発見の時」と言っても過言ではなかろう。
50年以上もの間、生物学の基礎は「DNAからタンパク質が作られる」というものであった。
しかしここ数年、3つ目の分子がにわかに注目されるようになった。
RNAである。

「中性子」のたとえは完璧ではない。
なぜならRNAははるか昔に発見されていたからである。
しかし数年前まで、その機能はDNAから情報をコピーするだけのものと思われてきた。
現在では、RNAはDNAやタンパク質と同じくらい重要とみなされている。

どのように大切なのか。
RNAは、細胞の状態を調節する役割を担っているからだ。
いわば細胞のオペレーティングシステムと言えよう。

今頃その重要性が判明したのなら、むしろ生物学は後退しているではないかと言われるかもしれない。
しかしこのようなことは科学では日常茶飯事である。
そして物理学のたとえは、中性子とRNAの類似性よりもっと深い。
いま生物学は、20世紀初頭の物理学同様、期待と神秘に満ちているのである。

20世紀、物理学は2つのものを人類に与えてくれた。
一つは圧倒的なエネルギーである。
これは必ずしも恩恵だけではなく、原爆をも作り出した。
もう一つはテクノロジーだ。
自動車、飛行機、コンピューター、インターネットなどがそれを象徴している。

21世紀がバイオテクノロジーの時代になると断言するのは早い。
しかしそうなる可能性は十分にある。
遺伝子操作は既にルーチンワークと化している。
つい最近は、人工的に作られた臓器が特許にかけられた。
これは10年前にはSFだったことだ。


バイオテクノロジーを進展させる原動力の一つは、
人類が直面している生物学的な問題である。
高齢化、気候変動、伝染病など、多くの問題は生物に端を発する。
現代の輸送・ロジスティクスでさえ、生物が関わっている。

現在、政治家たちはこれらの問題に対処するテクノロジーを持っていない。
しかしそのようなテクノロジーを想像することは可能なのである。
年を取ることは避けられないが、細胞の仕組みを理解することで、より加齢に伴う苦痛を取り除ける。
気候変動に対する一つの答えは、「掘る資源」ではなく「育つ資源」だろう。
伝染病はワクチンなどによって解決できる。
全て、バイオテクノロジーが可能にすることだ。

しかし、物理学は人類にただの「道具」を与えたのではないことも思い出す必要があろう。
物理学はあまりにも広大な宇宙の存在を知らしめ、その中での人間の存在意義の小ささを悟らせてくれた。
William Blakeの言葉を借りれば、物理学は人間に
「小さな手に無限を、少しの時間に永遠を」与えてくれたのだ。


生物学は、「宇宙の中の人間」以上に考えさせられる。
生物学は人類自体を記述するのだ。
そして、RNAはその記述に重要であることがわかってきた。
ヒトゲノム計画が終了してから、科学者たちを大いに悩ませてきたことがある。
遺伝子の数は、ハエでもヒトでも約20000個で、どの生物でも大差なかったのである。

しかしヒトはハエよりも明らかに複雑だ。
この複雑さはどこから来るのか?
その疑問に、RNAが答えてくれるかもしれない。
RNAが遺伝子を調節していると考えれば、より複雑な制御が可能になるからだ。
チンパンジーとヒトの脳の違いも、実質的にはこれまで考えられているより大きくなる。

もしもRNAが全ての臓器を制御しているとしたら、オペレーティングシステムは一つの細胞だけではなく、他の細胞とのネットワークも制御している可能性もある。
たとえば脳でもRNAの制御が重要だとすれば、生物学的なインターネットをRNAが制御していることになる。
もしかしたら我々はこれまで生物学の本質を見失っていたのかもしれない。

無論、これらはまだ想像の域を出ない。
しかしそこがポイントなのだ。
原子の存在を証明したルーサーフォードは中性子の存在を知らなかった。
チャドウィックはクォークも超対称性も知らなかった。
現代の生物学者も同じくらい無知である。
しかし、いずれ真実が明らかになろう。


【解説】
非常に高度な記事だと言わねばなりません。
この質の記事は、日本ではビジネス誌ではおろか、科学誌でもお目にかかれません。
私は理学部で物理学も生物学も勉強しているのでこの記事の言っていることが手に取るようにわかりますが、The Economistの読者は基本的に科学者ではありません。
ビジネスマンや官僚・政治家を相手にこのレベルの記事をトップに書けることは本当に素晴らしいと思います。

また、日本であれば、ビジネス誌でなくとも「それがどう役に立つのか」を常に意識した記事にならざるを得ません。
白川さんがノーベル賞を受賞した際、「それがなんの役に立つのですか?」と聞かれて「まだ何の役にも立ちません」と答えたのは有名です。
基礎研究は、それがどう役に立つのかまだわからないのです。

このThe Economistの記事は、「なんの役に立つのか」だけではなく、「人間を記述するのだ」という哲学的な側面にまで踏み入っています。
詳細を述べているBriefingでも、8割はRNAの性質の説明と「科学的意義」に終始しています。
「経済的意義」つまり「どう役に立つのか」という記述は2割ほどしかありません。

考える人のための雑誌、というメッセージでありましょう。

ちなみに、本文中に出てくる「掘る資源」「育つ資源」とはもちろん石油とバイオマスのこと。
ただ、「石油を植物に作らせよう」という計画も存在するため、「掘る資源」=「育つ資源」となる日が来る可能性もあります。

また、最後に出てくるチャドウィックとは中性子の発見者。
偉業を成した人も、その将来的なインパクトまではわからないことの象徴です。

超対称性については、わからなくても何も問題がありません。
これを理解する人は世界に一握りしかいないからです。
もちろん私も、数学的には全く理解していません。
「この世を作る究極の物質と法則は、その性質が対称的である」という感覚さえ掴んでおけばよいでしょう。

以下、興味のある人のために、Briefingに書かれている情報の一部を箇条書きにしておきます。

【Briefing】

・piRNAがないと、哺乳類のオス、魚類のオス、ハエの両性が不妊になる。

・XISTはX染色体の全てを不活化させる。

・もしかしたら、タンパク質を作るための遺伝子は少数なのかもしれない。
タンパク質をコードする遺伝子は21,000あるが、
microRNAはIBM genome miner によると37,000もある。

・microRNAは、タンパク質をコードしている遺伝子の1/3を制御しているかもしれない。
ヒトES細胞では20ほどのmicroRNAしか作られない。

・一つのmicroRNAが100以上のタンパク質を制御していることがある。

・RNAiの使い道には様々な将来性がある。
例1) SCN9Aという遺伝子は、腕にナイフを刺しても痛くないというストリートパフォーマーを検査することで明らかになったものだ。
RNAiを利用すれば、この遺伝子を制御することで痛み止めに使えるかもしれない。

例2)インシュリン受容体を不活性化させることで寿命を延ばせるかもしれない。
ネズミでは成功した。

例3) 豆なのどの中でアレルギー反応を引き起こす遺伝子を不活性化すれば、アレルギー持ちの人も食べられる。

例4) 綿のゴシポールを不活性化させれば綿を食べられるようにできるかもしれない(食べたいのなら)。

・対がん治療にもRNAiは注目されている。
Taxol-supressing 遺伝子を不活性化させることでがん細胞を鎮めるのも一法だ。

・RNAiはおよそ次のようなプロセスで進む。
1) 約21塩基の、二重螺旋を形成したRNAを打ち込む
2) argonature proteinが二重螺旋をほどき、バラバラにする
3) バラバラになった一方がmRNAと結合し、不活性化する。

・ダブルストランドのRNAは自然界では珍しい。
ただしウイルスが複製されるときには多い。
これはもしかしたら、ダブルストランドを認識・破壊できる機構を持った動物が生存に有利だったからかもしれない。

・体の設計情報を持っているHOXクラスターもmicroRNAの制御を受けていることがわかってきた。

・microRNAは、ヒトの脳の進化的な発達を説明するかもしれない。
チンパンジーとヒトは、進化的に非常に近いにもかかわらず、microRNAの8%がヒト特異的なのである。

・ラマルク(Jean Baptiste Lamarck)は、「生きているうちに獲得される性質も遺伝する」という説を唱えた。
ダーウィンの自然選択説が科学界を席巻した後は忘れ去られたが、現在もう一度この説が見直されつつある。
なぜなら細胞の核内でも一部のRNAが活性化していて、DNAを制御している可能性が示唆されてきたからである。
環境の刺激によってRNAが変わりうることを考えると、環境によってDNAが突然変異を起こすかもしれない。

紫外線などによるDNAのランダム突然変異と異なり、
RNAによる突然変異は「より環境に適応できる方へ」最適化できるかもしれない。


【解説】
こちらは専門家が見てもかなりマニアックです。
分子生物学を専攻していた私でさえ、知らない言葉が出てきます。
おそらくGoogleなどで検索しても、専門の論文がヒットするだけで、一般的な解説を見つけることは困難でしょう。


【英語表現】

・square with A
「A(事項)と一致する」「A(人)に対して正直に言うor謝る」
ここでは前者の「他の観察結果と一致する」という意味で使われている。

・donky work
単調でつまらない仕事のこと。辞書に載っていない場合もある。

・proponent
「支持者」「提唱者」

・eventually, the truth will out.
「最後には真実が明らかになる」
outを動詞として使っています。


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